マラソンにおいてはこのLTの理解が必要不可欠です。
LTを理解することで、練習の目的を明確にできますし、記録の向上にもつながってきます。
今回は、そんなLT(乳酸性作業閾値)について解説します。
LT(乳酸性作業閾値)とは?

LT(乳酸性作業閾値)とは、一言でいえば「血液中の乳酸急増が始まる直前の運動強度」を指します。
通常、ジョギングのような強度の低い運動では、体内で生成される乳酸(エネルギー代謝の副産物)と、それを除去・再利用するスピードが均衡しています。
しかし、強度が上がると除去が追いつかなくなり、ある地点を境に血液中の乳酸濃度が急激に上昇し始めます。この境界線がLTです。
LTレベルでの運動の特徴
- 体感: 「きついが、ある程度の時間(20〜60分)は維持できる」強度。
- 呼吸: ゼーゼーと激しくなる一歩手前。
- エネルギー源: 糖(グリコーゲン)の利用割合が増え始めるタイミング。
なぜLTを意識することが重要なのか
LTを把握し、そこを狙ったトレーニングを行うことで、以下のメリットが得られます。

- 持久力の向上: LT値が向上すると、以前よりも速いペースで走っても乳酸が溜まりにくくなります。つまり、「速いスピードを楽に維持できる距離」が伸びます。LT付近のペースがちょうどハーフマラソンと同じくらいになるため、LTが向上するとハーフマラソンの記録も向上します。
- オーバーワークの防止: 最大心拍数に近い「追い込みすぎ」を避けつつ、最大限の効果が得られる適正な負荷を設定できます。
- レース戦略の指標: 5km、10km、ハーフマラソンなどのタイムを狙う際、どの程度のペースが持続可能なのかを科学的に判断できます。
そもそもなぜ乳酸が発生するのか
乳酸が発生する仕組みを紐解くと、体内でエネルギーを作る「2つの工場」の働きが見えてきます。
私たちが運動する際、主なエネルギー源として「糖(グルコーゲン)」が使われますが、その分解の過程で乳酸が生まれます。
エネルギー生産の「2段階プロセス」

筋肉の中で糖がエネルギーに変わるまでには、大きく分けて2つのステージがあります。
第1ステージ:解糖系(スピーディーな工場)
細胞内で糖が分解され、エネルギー(ATP)が作られる最初の段階です。
- 特徴: 酸素を必要とせず、素早くエネルギーを作れます。
- 副産物: この過程で糖が分解されると、「ピルビン酸」という物質が生まれます。
第2ステージ:ミトコンドリア(クリーンな工場)
第1ステージでできた「ピルビン酸」を、酸素を使ってさらに大量のエネルギーに変える段階です。
- 特徴: 効率が良いですが、処理スピードには限界があります。
なぜ「乳酸」に変わるのか?
運動強度が上がり、第1ステージ(解糖系)のスピードが加速すると、次のような現象が起こります。
解糖系でピルビン酸がどんどん作られます。
ミトコンドリアでの酸素を使った代謝が追い付かなくなります。
行き場のなくなったピルビン酸に、水素イオンが結びつくことで乳酸に姿を変えます。
つまり、乳酸は「エネルギー生産のスピードが、酸素を使った処理能力を超えたときに発生する、一時的な中間生成物」と言えます。
乳酸の代謝経路
乳酸は、単に「溜まって終わり」の老廃物ではなく、非常に優れた「ハイブリッド燃料」として体内でフル活用されています。
生成された乳酸がどのように処理(代謝)されるのか、その主な3つのルートを解説します。
同じ筋肉内でそのまま再利用(酸化)

走っている最中、速筋繊維(パワーはあるが疲れやすい)で作られた乳酸は、隣にある遅筋繊維(持久力がある)へと移動します。これを「細胞間乳酸シャトル」と言います。
遅筋繊維はミトコンドリアが豊富にあるため、取り込まれた乳酸を再びエネルギー源(ピルビン酸)に戻し、酸素を使って燃焼させます。
工場のラインA(速筋)で出た中間製品を、隣のラインB(遅筋)が燃料として引き取って使うような形です。
他の臓器(心臓や脳)のエネルギーになる
筋肉から血液中に流れ出した乳酸は、血流に乗って全身へ運ばれます。
特に心臓(心筋)や脳は、乳酸を好んでエネルギーとして利用する性質を持っています。
運動中に心臓が力強く動き続けられるのは、筋肉で作られた乳酸を「ガソリン」として効率よく使っているからでもあります。
肝臓で「糖」にリサイクルされる(糖新生)
血液によって肝臓に運ばれた乳酸の一部は、「コリ回路」と呼ばれる仕組みによって、再びグルコース(糖)へと作り替えられます。
- 筋肉で「糖」→「乳酸」に分解される。
- 血液で「乳酸」が肝臓へ運ばれる。
- 肝臓で「乳酸」→「糖」に合成される。
- 再び血液で筋肉へ運ばれ、エネルギーとして使われる。
このリサイクル機能があるおかげで、体内の限られた糖資源を節約しながら運動を続けることができます。
LTを向上させるトレーニング方法
LTを向上させるためのトレーニングは、「乳酸が溜まり始めるギリギリの負荷」を体に覚え込ませ、その処理能力を向上させることが目的です。
代表的な3つのメニューを紹介します。
閾値走(テンポラン)
最もスタンダードで効果的なトレーニングです。
- やり方: 一定のペースで20分〜30分間走り続けます。
- 設定ペース: 「20〜30分間ならなんとか維持できる」という強度です。
- 体感: 呼吸は速いが、ゼーゼーと乱れる一歩手前。
- 心拍数: 最大心拍数の80〜90%程度。
- 効果: 乳酸をエネルギーとして再利用する能力が効率よく鍛えられます。
閾値走については、以下の記事で詳しく解説しています。
クルーズ・インターバル
閾値走の負荷が高すぎて20分持たない場合や、より質の高い練習をしたい場合に適しています。
- やり方: 閾値ペースでの走行と、短いリカバリー(休息)を繰り返します。
- 例:(1,000m〜2,000mの閾値走 + 1分程度のジョグ)× 3〜5セット
- ポイント: リカバリーを短く(1分以内)設定することで、血中の乳酸濃度を高い状態に保ちつつ、トータルの走行距離を稼ぐことができます。
ビルドアップ走
徐々にペースを上げていく方法です。
- 効果: 疲労が溜まった状態でもフォームを崩さず、乳酸を処理しながら走り続ける粘り強さが身につきます。
- やり方: 余裕のあるジョギングから始め、段階的にペースを上げ、最後の10〜15分間をLTペース(またはそれ以上)まで引き上げます。
トレーニングのコツと注意点
週に1〜2回が目安
LTトレーニングは身体への負荷が大きいため、毎日行う必要はありません。
週に1〜2回を「ポイント練習」として行い、それ以外の日はゆっくりのジョギングで疲労を抜きつつ、毛細血管を発達させるのが理想的です。
「速すぎ」は逆効果
設定ペースより速く走りすぎると、無酸素運動の割合が増えてしまい、LT向上ではなく「耐乳酸トレーニング(短距離的な追い込み)」になってしまいます。
「走り終わった後に、もう少しだけ走れそうな余裕がある」くらいで終えるのが、LT向上には最も効果的です。
段階的なアプローチ
まずは「15分の閾値走」や「1,000m × 3本のクルーズ・インターバル」から始め、少しずつ時間やセット数を増やしていくのがスムーズです。
